ベン・シャーンのモナリザ

ベン・シャーンという作家さんを、ご存知でしょうか。

ベンシャーン・火

私が生まれる少し前にこの世を去った、絵描きさんで

IMGP1559.jpg

教科書の表紙になるほどの大作家さんであります。



ベンシャーンたち

ドローイングも油彩も、一筆一筆が生き生きしていて、だいすきでして

IMGP1560 (1)

以前、高校で授業をしたときに、資料を拡大コピーして、黒板いっぱいにドローイングを並べ、
いいでしょう、いいでしょう〜と(^^)紹介させてもらいました。


その中の、この1枚は↓

ベンシャーン・モナリザ

モナリザの、模写です。






実は



ベン・シャーンのではなく、その時教えていたクラスの生徒さんの作品です(^^)。


さんざん、ベン・シャーンの話を熱弁して、そのあとに
「実はこの中に、みなさんの中の誰かが描いた絵があります」と言ったところ
生徒さんたち、まさかという目でハッともう一度、黒板に注目しました。

ああ、もしかして、そのモナリザ!とその時初めて気がついて。

うんうん、これ、〇〇くんのですよ、と種明かし(^0^)。

大作家ベン・シャーンの作品群に見劣りしない、でしょう。
いいでしょう、うつくしいよね、と。




この前の週に、「モナリザの模写をする」という課題が出ていたのです。

当時の私はピンチヒッターの非常勤講師、担当は1クラスだけ。
他の数クラスを受け持つ主任先生の出すお題と同じものを、授業でやることになっていました。



もう時効ですから、ありのまま書きますが。

主任先生の課題は、ご本人もおっしゃる通りいつも「つまらない課題」でした。

それでいいんですって。
そうじゃないと後で成績つける時困るんですって。
みんなが意欲出しちゃって、みんながいい絵を描いてきたら、
決まった人数にしかあげられない高得点を、分配するのに困るんだって。



ホームセンターで買ってきた、コンクリートブロックのデッサンとか。
ただマス目を埋めていくグラデーションとか。
うっすいコピー用紙に模写するモナリザ、とか。

なるべく鉛筆一本でできるやつが、いいんだって。
モノ渡すと、壊すからって。

確かに、鉛筆があちこちで折られて、捨てられてて。
校内でもあちこちで壁や天井に穴があき、モノは壊され、怒号が響き。
そんなこんなで、美術室も超!殺風景。何にもない。


テストのプリントみたいに、ペラっと一枚、コピー用紙。
左にモナリザ、右が余白。
ここにモナリザを模写せよと、鉛筆一本渡されて。

モナリザをそのままそっくりに描ければ、好成績なのだろうなと、
そういう意図の課題なんだろうと、察しがついて、もううんざり。
できるわけねーじゃん。
かけねーよ。
でもまあなんか、タワラがさ、高校だけは卒業しとけとかいうし、
とにかく出せばなんとかなるとか言ってるし、描いておくかあ・・・みたいな空気の、
そんな中で生まれた、ヒヨヒヨと自信なさげで、でも個性的でとっても豊かな、モナリザたちの、
その中の1枚が。

うっひゃあ、これベン・シャーンに似てるぞぃ、
混ぜたらきっと騙されるぞぃと、ちょっとイタズラした次第(^^)。



ある一定のモノサシで、優劣の選別をしなきゃいけない先生方、
まことにまことに、お気の毒さま、お疲れさまさま、ではあります。
だけどそれはその学校だけの特殊事情。



見たままに・石膏

誰が見ても写真みたいに同じになる絵、受験の時に叩き込まれたデッサンは。
優劣をジャッジする立場にある人にとっては、すごく便利な世界観。


一度自分を「無」にするという修行のような要素も強くて。
そこで得られることも多かったけど、
むしろ見失うことの方が、多かったかもと思ってしまうのです。

正しい形、正しい光、正しい質感、正しい量感・・・




人の手から生み出される、絵は。
正誤のモノサシの上に置くものじゃない。




植物画資料

資料に選んだこちらの絵。
大好きなチェコの作家さんと、名前も読めない洋書の絵。

素朴ながら、花や葉のつき方、形、色など
ちゃんと伝わるし、リアルな絵よりよくわかるかもだし、
何よりずっと眺めていたくなる楽しさがあって。

ベンシャーン・モナリザ

このモナリザも、もうモナリザ以上の味わいだもの。


これまで、なんどもなんども、観察して描く時間を、
授業という形でみなさんとシェアしてきました。
来週久しぶりに、そんな時間と場をいただきまして

今までずっと思ってきて
だからこれまでも、その思いはダダ漏れだとは思うのですが
あらためて、あらためて

人の手で描かれるなにかの
ただそのままのうつくしさ、たのしさを
はっきり言語化してお伝えしたいと、思います。

こんどこそ。



薬草観察会と植物画を描くワークショップ

まだ残り席、ございます。
あと1週間、伝わる言葉を温めて、支度していきたいと思います。


見たままに・アカネ

ちょうどのご縁のみなみなさま。
たいせつな、あたらしい時間になりそうです。
どうぞよろしく、お願いいたします。





スポンサーサイト

しかにのるひと


本日の逸品。


園児男子による
フリーハンドの切り紙&ドローイング。

しかにのるひと

しかにのるひと。


「どんぐりの山猫」の活動中に
ふりかえったら生まれてました。

もー

たまらんです。


ほしい!!

居心地のよいとこならば

たった1年だけ、高校美術の非常勤をしたときに。

授業中、体育の先生(♂)が
なにやらご立腹の様子で
トイレに行ったはずの生徒ふたりを連れてきて
さらに
「生徒を授業中にトイレに行かせるとは何事ですか!」と
私を怒鳴りつけました。

ぽかーんとしてしまいました。
あ、そうなんですか、すみません、とか
うっかり謝ったかもしれません。

そう、うっかり。
でも、10年以上いろんなとこで授業やりながら、
その件については常々いろいろ思ってたので。

ちーーーとも、わるいとは、おもわなかった。

体育教師が去ったあと、その子たちが
「ごめんねせんせい、うちらのせいで、おこられちゃったね」と言うので。

でっかい声できっぱり言えたのです。



「私の授業では、行きたい時にいつでも、
好きなとこに、出て行っていいです。
みなさんをニワトリみたいに管理するなんてぜったいヤです。
だいたいね。
戻って来たいと思うような場所ならば
ちょっと出たって戻ってくるでしょ。」


教室をそういう場所にするのが、「せんせい」なるヒトのつとめでしょ。
てか
自分が居心地悪いじゃんね、そういう空気にしないと、ね。


その子たちが本当にトイレに行きたいわけじゃないのは
なんとなくわかったけど。
それでも「いい?」ってきかれたら「いいよ」って言いますよ。
静かな廊下や校内を、わくわくで堪能したら、
気が済んだら、戻って来るし。
友だちの居る場所に、つい集まるし。



・・・なんてことも、あったなあと
今日きゅうに思い出したのは。

まあるい学校での、この珍風景のせいであります↓


居心地よければ

↑愛車ごと、むりやりゲルに入ってくる少年たちの図(^^)!↑


図工終わって、
いえーーい!と外に飛び出した子たちが、
ちょくちょくゲルに戻ってくるのですよ。

充分に駆け回れる庭があり、愛車も絶好調。
でも時々みんなの居る場所に来ちゃう。



ねえ。
居心地よい場所ならば、ちゃんと戻ってくるよ、ねえ。
来るなと言われても、来ちゃうくらいの、ねえ(^^)。

こどもの安全確保のため、とかなんとか、
おとなの保身の言い訳を
恩着せがましく塗り重ねた末の、
「監禁拘束系」の無駄ルールから、
すっっっかり解放された、八ヶ岳での図工屋生活。

水道が無いとかね
屋外で風がちょっと、とかね
テーブルグラグラする、とかね、
そういうのなんか、なんとでもなりまするよ。

きょうも痛快(^0^)、まあるい学校。
過去のモヤモヤさえ、ここでスッキリ!
ほんとうにありがとうございますm(_ _)m。
こういうのが、いいんだ、わたしは!!

私はうつわ、からっぽのうつわ

先日、びっくりなことを目の当たりにしました。

会えばかならず、悪態ばかりついていた4歳の男の子。

絵や工作を始める前にはかならず
「つまんなーい」「やりたくなーい」と水をさし。

けっこういい感じにできていても自らぐちゃっと壊してしまい。

誰彼かまわず、毒を吐きまくっていたのですが。

・・・4歳だもんね、そういう時期なのかもね(^^)なーんて
3度目の図工の時間には、
むしろその可愛い毒舌を楽しみに会いに行ったのですが。



体に溜まってた毒を、病院で出して来たんですって。
いらない金属を、デトックスしてきたんですって。


そしたらアトピーがとっても軽くなって
絵や工作も落ち着いてじっくり何枚も「たのしい」とか言って取り組んじゃって

私たちはうつわ

もう描くとこがなくなるまで
じっくりじっくり何枚も
筆を走らせるのですよ。
おちついて、ひとつひとつを味わって。
一度も投げやりになることなく。


さらには、向かいに座っていた女の子に喧嘩を売られた時。

「もう〇〇くんはあそぼうってさそわないの。
たのしいことはぜったい教えてあげないの。」

・・・突如はじまる、子ども同士ではよくある
イジワルな言葉のちょっかい。
前回までならここで負けじとイジワル合戦になるのですが

彼、涼しい顔で落ち着いて

「ぼくの家には、◯◯ちゃん、あそびにきていいよ。
いっしょにあそぶよ。」

いじわるをふっかけた彼女、
一瞬かたまったのちに

「・・・じゃあいいよ、いっしょにあそぼ(^^)」

ですって(°0°;)。
うわあ、喧嘩にならない。
キリストですか、釈迦ですか。




フリや演技をするには若過ぎる2歳児ゆえ。
ほんとうのほんとうに、吐く毒、無くなっちゃった様子


この一件を目の当たりにして
こうして文字に整理するまで
ちょっと時間がかかってしまいました。

保育の現場で散々みんな手を尽くす、
言葉がけやら接し方の工夫、
そういうの、ムダとはいいませんけど、
こりゃもうばびゅーーーーーんと
飛び越えてしまうからです。



なんだ。
そうか。
体にいらないものが入ってただけなのか

じゃあもしかして、自分がギスギスいじわるだったり
あるいはクヨクヨしすぎだったりと
他人や自分自身かを攻撃してしまうとき。

「どうして私ってこうなんだろう、しょぼん」とか思わないでいいのかも。
ただ毒が溜まってるだけ、出せばいい!のかも。

たのしいうまさん

わたしたちはただの「うつわ」で

食べもの 
飲む水 
吸いこむ大気
見るもの 
嗅ぐもの
・・・などなどからなる 

この世界の自然物のひとつ。
ただそれだけ。
なのかもしれない。

そう思いました。

でもまだびっくりしています。
腑に落ちるまでもう少し
かかりそうな気がします。

すでに鎮まっている神々

まあるい学校に到着するといつも
こどもたちは外でかけまわっていて
こないだなんか空に向かって
お手製の竹の弓矢をびゅんびゅん放っていました。

はずむ息のままティピーの中に転がり込んで
そのままはじまる、図工の時間。

さーここで普通なら、
はしゃぎすぎて昂った子どもたちを
落ち着かせる、というワザが要ります。

はしゃぎすぎてとまらない子どもを
ひとりずつ抱っこして、ゆらゆら静かに歩きながらトーンダウンしてみる、
とか
わざとちーーーーーーいさい声で出席とって全員の注意を引く
とかの

荒ぶる神々に「鎮まりたまえ〜」する儀式。

それがここでは全然必要ありません。


まあるい・ほうせき

粘土や絵の具に興奮しすぎて
手荒に扱うこともなく

まあるい・ねこ

わいわいしながらも
いきなり
すっと
手元に集中します

まあるい・てがた

保護者といっしょに作る子がいても
「どうしてあの子だけママといっしょ?」と妬くこともないし

まあるい・うさぎ

霧吹きを置いたままにしても
大洪水になりません

まあるい・うみ

楽しすぎてシューシューとまらなくって水浸し、
とか
金色とかのヒカリモノの絵の具に執着しすぎる、
とか

まあるい・ひこうき

そういうのが楽しくてとまらないなら、
そこでとっくりと味わうことがとっても大事で
それは図工の時間の大切な役割かなと思ってきましたが

まあるい・とり

ここの子はそういうことに
過剰な欲を示さない。

まあるい・うちゅう

「しずまりたまえ、しずまりたまえ〜」の
工夫や苦労が全然要らない!

まあるい・おばけたち

飢えや渇望から産み出されるものも、あるとは思うけれど。

まあるい・いえ

みずあそび、
いろあそび、
どろあそび、
おもいきりおもいきり、

まあるい・そら

心ゆくまで味わい尽くす子ども時代の、その先。
何かを取り戻す必要のない、その子たちの行く先。

まあるい・かえる

期待しちゃうなあ。
わくわくだなあ。

まあるい・ひと


すでに鎮まり
本来の有り様で
そこにいる

まあるい・えをかく


ちいさな神々。




プロフィール

たわらゆうこ

Author:たわらゆうこ
俵裕子(たわらゆうこ)

出張図工屋、ときどき絵描き。
さまざまな「手のこと」をみなさんとシェアしながら
暮らすこと、生きることの知恵を
取り戻す活動をしています。

過去の絵本作品は↓
●『ペタさんはスタンプがすき』
(フレーベル館・キンダーメルヘン11月号)
●『いろ』(フレーベル館・しぜん2月号)など。



18年続けてきたおさひめ幼稚園の造形教室・Art&Craftは
2014年の師走をゴールとし
無事完走させていただきました。

現在は
◯オルタナティブスクール「まあるいがっこう」
◯夜の図工@豆の花
の2カ所で定期的に
出張図工屋をしています。

その他、「てがきや・ぐるぐるへび」
または、「たきびや・ぐるぐるへび」と称して
イベント出店しています。


このブログではこどもたちとのすてきな出来事、作品、
その他日常のあれこれなどを
徒然に紹介していきたいと思います。

☆ツイッターはじめました☆
yuko521


最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR